つれづれなるままに

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~風野又三郎~「九月八日」-4 お気に入りの作品とともに(著作権切れ)


とずうっと下の方で聞えたりする。
 二日ばかりの間に半分ぐらいになってしまった。僕たちは新らしい仲間と又手をつないでお互顔を見合せながらどこまでもどこまでも北を指して進むんだ。先頃《せんころ》僕行って挨拶《あいさつ》して来たおじさんはもう十六回目の大循環なんだ。飛びようだってそれぁ落ち着いているからね、僕が下から、おじさん、大丈夫ですかって云ったらおじさんは大きな大きなまるで僕なんか四人も入るようなマントのぼたんをゆっくりとかけながら、うん、お前は今度はタスカロラのはじに行くことになってるのだな、おれはタスカロラにはあさっての朝着くだろう。戻りにどこかで又あうよ。あんまり乱暴するんじゃないよってんだ。僕がええ、あばれませんからと云ったときはおじさんはもうずうっと向うへ行っていてそのマントのひろいせなかが見えていた、僕がそう云ってもただ大きくうなずいただけなんだ。えらいだろう。ところが僕たちのかけて行ったときはそんなにゆっくりしてはいなかった。みんな若いものばかりだからどうしても急ぐんだ。
『ここの下はハワイになっているよ。』なんて誰《たれ》か叫《さけ》ぶものもあるねえ、どんどんどんどん僕たちは急ぐだろう。にわかにポーッと霧《きり》の出ることがあるだろう。お前たちはそれがみんな水玉だと考えるだろう。そうじゃない、みんな小さな小さな氷のかけらなんだよ、顕微鏡《けんびきょう》で見たらもういくらすきとおって尖《とが》っているか知れやしない。
 そんな旅を何日も何日もつづけるんだ。
 ずいぶん美しいこともあるし淋《さび》しいこともある。雲なんかほんとうに奇麗《きれい》なことがあるよ。」
「赤くてが。」耕一がたずねました。
「いいや、赤くはないよ。雲の赤くなるのは戻りさ。南極か北極へ向いて上の方をどんどん行くときは雲なんか赤かぁないんだよ。赤かぁないんだけれど、それあ美しいよ。ごく淡《あわ》いいろの虹《にじ》のように見えるときもあるしねえ、いろいろなんだ。
 だんだん行くだろう。そのうちに僕たちは大分低く下っていることに気がつくよ。
 夜がぼんやりうすあかるくてそして大へんみじかくなる。ふっと気がついて見るともう北極|圏《けん》に入っているんだ。海は蒼黝《あおぐろ》くて見るから冷たそうだ。船も居ない。そのうちにとうとう僕たちは氷山を見る。朝ならその稜《かど》が日に光っている。下の方に大きな白い陸地が見えて来る。それはみんながちがちの氷なんだ。向うの方は灰のようなけむりのような白いものがぼんやりかかってよくわからない。それは氷の霧なんだ。ただその霧のところどころから尖ったまっ黒な岩があちこち朝の海の船のように顔を出しているねえ。