つれづれなるままに

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~風野又三郎~「九月四日」-3 「九月五日」-1 お気に入りの作品とともに(著作権切れ)

『ああ竜《りゅう》だ、竜だ。』みんなは叫んだよ。実際下から見たら、さっきの水はぎらぎら白く光って黒雲の中にはいって、竜のしっぽのように見えたかも知れない。その時友だちがまわるのをやめたもんだから、水はざあっと一ぺんに日詰の町に落ちかかったんだ。その時は僕はもうまわるのをやめて、少し下に降りて見ていたがね、さっきの水の中にいた鮒《ふな》やなまずが、ばらばらと往来や屋根に降っていたんだ。みんなは外へ出て恭恭《うやうや》しく僕等の方を拝んだり、降って来た魚を押し戴《いただ》いていたよ。僕等は竜じゃないんだけれども拝まれるとやっぱりうれしいからね、友だち同志にこにこしながらゆっくりゆっくり北の方へ走って行ったんだ。まったくサイクルホールは面白いよ。
 それから逆サイクルホールというのもあるよ。これは高いところから、さっきの逆にまわって下りてくることなんだ。この時ならば、そんなに急なことはない。冬は僕等は大抵シベリヤに行ってそれをやったり、そっちからこっちに走って来たりするんだ。僕たちがこれをやってる間はよく晴れるんだ。冬ならば咽喉《のど》を痛くするものがたくさん出来る。けれどもそれは僕等の知ったことじゃない。それから五月か六月には、南の方では、大抵|支那《しな》の揚子江《ようすこう》の野原で大きなサイクルホールがあるんだよ。その時丁度北のタスカロラ海床《かいしょう》の上では、別に大きな逆サイクルホールがある。両方だんだんぶっつかるとそこが梅雨《つゆ》になるんだ。日本が丁度それにあたるんだからね、仕方がないや。けれどもお前達のところは割合北から西へ外れてるから、梅雨らしいことはあんまりないだろう。あんまりサイクルホールの話をしたから何だか頭がぐるぐるしちゃった。もうさよなら。僕はどこへも行かないんだけれど少し睡《ねむ》りたいんだ。さよなら。」
 又三郎のマントがぎらっと光ったと思うと、もうその姿は消えて、みんなは、はじめてほうと息をつきました。それからいろいろいまのことを話しながら、丘を下って銘銘《めいめい》わかれておうちへ帰って行ったのです。

   九月五日

「僕は上海《シャンハイ》だって何べんも知ってるよ。」みんなが丘へのぼったとき又三郎がいきなりマントをぎらっとさせてそこらの草へ橙《だいだい》や青の光を落しながら出て来てそれから指をひろげてみんなの前に突《つ》き出して云いました。
「上海と東京は僕たちの仲間なら誰《たれ》でもみんな通りたがるんだ。どうしてか知ってるかい。」
 又三郎はまっ黒な眼を少し意地わるそうにくりくりさせながらみんなを見まわしました。けれども上海と東京ということは一郎も誰も何のことかわかりませんでしたからお互《たがい》しばらく顔を見合せてだまっていましたら又三郎がもう大得意でにやにや笑いながら言ったのです。