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~銀河鉄道の夜~「九、ジョバンニの切符」-10 お気に入りの作品とともに(著作権切れ)

(こんなしずかないいとこで僕はどうしてもっと愉快《ゆかい》になれないだろう。どうしてこんなにひとりさびしいのだろう。けれどもカムパネルラなんかあんまりひどい、僕といっしょに汽車に乗っていながらまるであんな女の子とばかり談《はな》しているんだもの。僕はほんとうにつらい。)ジョバンニはまた両手で顔を半分かくすようにして向うの窓のそとを見つめていました。すきとおった硝子《ガラス》のような笛が鳴って汽車はしずかに動き出し、カムパネルラもさびしそうに星めぐりの口笛を吹きました。
「ええ、ええ、もうこの辺はひどい高原ですから。」うしろの方で誰《たれ》かとしよりらしい人のいま眼《め》がさめたという風ではきはき談している声がしました。
「とうもろこしだって棒で二尺も孔《あな》をあけておいてそこへ播《ま》かないと生えないんです。」
「そうですか。川まではよほどありましょうかねえ、」
「ええええ河までは二千尺から六千尺あります。もうまるでひどい峡谷《きょうこく》になっているんです。」
 そうそうここはコロラドの高原じゃなかったろうか、ジョバンニは思わずそう思いました。カムパネルラはまださびしそうにひとり口笛を吹き、女の子はまるで絹で包んだ苹果《りんご》のような顔いろをしてジョバンニの見る方を見ているのでした。突然《とつぜん》とうもろこしがなくなって巨《おお》きな黒い野原がいっぱいにひらけました。新世界交響楽はいよいよはっきり地平線のはてから湧《わ》きそのまっ黒な野原のなかを一人のインデアンが白い鳥の羽根を頭につけたくさんの石を腕《うで》と胸にかざり小さな弓に矢を番《つが》えて一目散《いちもくさん》に汽車を追って来るのでした。
「あら、インデアンですよ。インデアンですよ。ごらんなさい。」
 黒服の青年も眼をさましました。ジョバンニもカムパネルラも立ちあがりました。
「走って来るわ、あら、走って来るわ。追いかけているんでしょう。」
「いいえ、汽車を追ってるんじゃないんですよ。猟《りょう》をするか踊《おど》るかしてるんですよ。」青年はいまどこに居るか忘れたという風にポケットに手を入れて立ちながら云いました。
 まったくインデアンは半分は踊っているようでした。第一かけるにしても足のふみようがもっと経済もとれ本気にもなれそうでした。にわかにくっきり白いその羽根は前の方へ倒《たお》れるようになりインデアンはぴたっと立ちどまってすばやく弓を空にひきました。そこから一羽の鶴《つる》がふらふらと落ちて来てまた走り出したインデアンの大きくひろげた両手に落ちこみました。インデアンはうれしそうに立ってわらいました。そしてその鶴をもってこっちを見ている影《かげ》ももうどんどん小さく遠くなり電しんばしらの碍子《がいし》がきらっきらっと続いて二つばかり光ってまたとうもろこしの林になってしまいました。こっち側の窓を見ますと汽車はほんとうに高い高い崖《がけ》の上を走っていてその谷の底には川がやっぱり幅《はば》ひろく明るく流れていたのです。