つれづれなるままに

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~風野又三郎~「九月六日」-2 お気に入りの作品とともに(著作権切れ)

 ところが間もなく又木のかぶさった処を通るようになりました。それは大へんに今までとはちがって長かったのです。耕一は通る前に一ぺんその青い枝を見あげました。雫は一ぱいにたまって全く今にも落ちそうには見えましたしおまけに二度あることは三度あるとも云うのでしたから少し立ちどまって考えて見ましたけれどもまさか三度が三度とも丁度下を通るときそれが落ちて来るということはないと思って少しびくびくしながらその下を急いで通って行きました。そしたらやっぱり、今度もざあっと雫が落ちて来たのです。耕一はもう少し口がまがって泣くようになって上を見あげました。けれども何とも仕方ありませんでしたから冷たさに一ぺんぶるっとしながらもう少し行きました。すると、又ざあと来たのです。
「誰《たれ》だ。誰だ。」耕一はもうきっと誰かのいたずらだと思ってしばらく上をにらんでいましたがしんとして何の返事もなくただ下の方で川がごうごう鳴るばかりでした。そこで耕一は今度は傘をさして行こうと思って足駄を下におろして傘を開きました。そしたら俄《にわか》にどうっと風がやって来て傘はぱっと開きあぶなく吹き飛ばされそうになりました、耕一はよろよろしながらしっかり柄《え》をつかまえていましたらとうとう傘はがりがり風にこわされて開いた蕈《きのこ》のような形になりました。
 耕一はとうとう泣き出してしまいました。
 すると丁度それと一緒に向うではあはあ笑う声がしたのです。びっくりしてそちらを見ましたらそいつは、そいつは風の又三郎でした。ガラスのマントも雫でいっぱい髪《かみ》の毛もぬれて束《たば》になり赤い顔からは湯気さえ立てながらはあはあはあはあふいごのように笑っていました。
 耕一はあたりがきぃんと鳴るように思ったくらい怒《おこ》ってしまいました。
「何《なに》為《す》ぁ、ひとの傘ぶっかして。」
 又三郎はいよいよひどく笑ってまるでそこら中ころげるようにしました。
 耕一はもうこらえ切れなくなって持っていた傘をいきなり又三郎に投げつけてそれから泣きながら組み付いて行きました。
 すると又三郎はすばやくガラスマントをひろげて飛びあがってしまいました。もうどこへ行ったか見えないのです。
 耕一はまだ泣いてそらを見上げました。そしてしばらく口惜《くや》しさにしくしく泣いていましたがやっとあきらめてその壊《こわ》れた傘も持たずうちへ帰ってしまいました。そして縁側《えんがわ》から入ろうとしてふと見ましたらさっきの傘がひろげて干してあるのです。照井耕一という名もちゃんと書いてありましたし、さっきはなれた処もすっかりくっつききれた糸も外《ほか》の糸でつないでありました。耕一は縁側に座りながらとうとう笑い出してしまったのです。